【コラム】差別発言に過敏にならない、差別心があってもそれを表明しない―ゲイアクティビズム2.0の提言

December 18th, 2015

homophobia1

 

Written by 英司(コラムニスト)

 

2015年は渋谷区や世田谷区で同性パートナー証明書の発行が開始され、それがメディアに取り上げられるなど、何かと「LGBT」というキーワードが注目される1年でした。

 

一方で、地方議会の保守的なご年配の議員さんを中心に、「同性愛は異常」等の差別的発言も絶えない1年でもありました。これを一種の「反動」と捉えるとすると、逆にそれだけ同性愛者の可視化も進んできたということでしょう。

 

今日は、そんな差別発言を受けて、筆者が感じたことを書きたいと思います。

 

 

 

ゲイアクティビズムに関するおさらい

 

日本で最初にゲイアクティビズムが勃興したのは90年代初頭と言われています。まだ当時は欧米で60年代~70年代に盛り上がったゲイアクティビズムの概念を「輸入」する形で運動が進められていました。

 

その時に生まれた概念の1つが「ホモフォビア」です。

 

これは直訳すると「同性愛嫌悪症」とか「同性愛恐怖症」というようなニュアンスの言葉で、同性愛が”治療すべき病気”とされていた時代に、「むしろ同性愛を病気と規定する社会の方が治療すべき対象である」という考え方から生まれた概念です。

 

まだまだ同性愛への理解が進んでいない社会にあっては、こうした既存概念へのカウンター的な思考は有効性を持ち、長らくゲイアクティビズムの中核にこの概念が腰を据えていました。

 

しかし時代は進み、社会は変化の兆しを見せつつある今、アクティビズムの側も時代に合わせた変化を求められている段階に来ているのではないかと筆者は感じています。

 

 

現実的に共存する道を模索する ゲイアクティビズム2.0

 

同性愛を嫌悪する側のことを”治療すべき病気”と定めたホモフォビアという概念ですが、今年1年数多く見られた差別的発言を見ると、やはり社会的にはホモフォビックな人は一定数いるようですし、その数はさまざまな努力や取り組みで減らしていくことはできても、一定の人たちはその考えを変更するつもりもないものと思われます。

 

しかしこれはもはや生理的反応や好き嫌いの問題なので、当事者側の努力や取り組みでどうにかなるものではないと筆者は考えています。

 

「ホモフォビア」という概念が日本で提唱されるようになってから約四半世紀。同性愛者の可視化も進み、同性愛の社会的な認識も少しずつではありますが進んできました。

 

こんな時代だからこそ、「同性愛嫌悪を治療する」という概念からはそろそろ卒業して、「そういう人たちとも共存する方法を考える」という方向に転換すべき時ではないかなと感じています。

 

ホモフォビアを治療するという活動を「ゲイアクティビズム1.0」とすると、現実的に共存する道を考えるという活動を「ゲイアクティビズム2.0」と呼びたいと思います。

 

 

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