キース・ヘリング生誕60年記念コラム|第4回「キース・ヘリングとアクティビズム」

April 20th, 2018

 

*本連載は、ゲイのアーティスト、キース・ヘリング生誕60周年を記念し、中村キース・ヘリング美術館 × 東京レインボープライドの連載コラムです*

 

みなさん、こんにちは。

4回目となるこのコラムでは、キース・ヘリングの取り組んだ、アクティビズム=政治的・社会的な活動についてお話しします。

 

ヘリングの生きた80年代のアメリカは政治的圧力により貧富の差がますます広がり、ニューヨークは世界有数の犯罪都市ともいわれていました。10代の多感な時期に様々な混乱が渦巻く環境に置かれ、ヘリングは自分の中に留めておけない感情や考えを、アート作品を通じて社会に訴え続けました。

 

ヘリングは身の回りに点在する問題に立ち向かっていきます。HIV/AIDSの予防啓発にも力を入れ、セーフ・セックスの重要性を発信したほか、1986年にヘリングの若いアシスタントのCrack(=覚せい剤)の中毒に危機を感じ、ハーレムの公園に《Crack is Wack(クラックは命取り)》という壁画を制作。覚醒剤に屈しないメッセージを伝えます。また同年にはドイツを分断していたベルリンの壁に壁画を制作。内容以上に壁画に“絵を描く”という行為が、世界の人々へ力を与えました。自由の女神像の建立100周年記念で1,000人の子供たちとコラボした巨大な垂れ幕は、今も多くのニューヨーカーの記憶に残っています。

 

今回はヘリングのポスター・アートから活動内容をご紹介します。キース・ヘリングは生涯で、100点以上のポスターを制作しました。展覧会や、音楽祭、子供のプログラム、社会的な批判など、多岐におよびました。

アートの力により世界を平和にできると信じていたヘリングは、最も端的に視覚に訴えることのできるポスターを活用して社会の問題に立ち向かいました。

 

1982年、世界では56,000個以上の核兵器が保有され、そのうちの40%をアメリカが保有し、核兵器の拡大が懸念されていました。同年6月2日セントラル・パークで開かれた反核デモに、ヘリングは自己出版した《核放棄のためのポスター》20,000枚を印刷し、無料で配布しました。デモには約100万人が集結し、核兵器の削減、核の拡散防止を訴えました。米ソ間で冷戦終結を宣言した89年以後、その数は徐々に減少していきました。

 

 

Poster for Nuclear Disarmament, 1982

 

1988年にはLGBTの認知向上を目的に制定された世界的な記念日《National Coming Out Day=ナショナル・カミングアウト・デー》(10月11日)のポスターを制作しました。暗い部屋からカラフルな明るい部屋へとリズミカルに一歩踏み出す様子を描き、セクシュアリティを公表できない多くの人々を激励するメッセージとなり、ポジティブなイメージを世に伝えました。

ヘリング自身は10代の後半に男性への憧れを自覚します。そして自分がゲイであることに誇りを持って生き続けたのです。現在もこのポスターは世界中の人々を勇気づけています。

 

 

National Coming Out Day…,1988

 

また代表的な事柄では、1987年3月12日に300人が集まり発足されたエイズ予防啓発運動団体〈ACT-UP(AIDS Coalition to Unleash Power)〉への参加です。友人や昔の恋人がエイズであることを知り、ヘリングの身も感染の疑いに余地が無い状況におかれていました。ACT-UPはHIV陽性者の権利拡大のために精力的に活動し、政府だけでなく、マスメディア、反同性愛を唱える宗教指導者たちにも訴えかけたのです。

この働きかけはエイズ患者と医療従事者の関係を変え、さらにエイズ治療薬の認可も促進させました。そして1989年には、エイズ拡大に無関心な政府に警鐘を鳴らすため、「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿をモチーフにした《Ignorance=Fear. Silence=Death(無視=恐怖、沈黙=死)》を制作しました。

 

 

Ignorance=Fear. Silence=Death ,1989

 

1989年8月亡くなる半年前、雑誌『ローリング・ストーン』にヘリングのロングインタビューが掲載されました。インタビューでは、ドラッグの体験から、エイズとの戦いが隠すことなく語られ、その事実が全世界に伝えられたのです。

 

「ぼくの正体をさらけ出したような恰好だったから、記事が出たあと、ありとあらゆるひとたちから何百という電話がかかってきたり、手紙が届くようになった。ショックを受け、幻滅したというひともたくさんいた。その一方では、すべてを包み隠さず喋るのは大変な勇気のいることだと感じたひともいた。」*

 

地下鉄の広告板に絵を描き、社会的少数派の代弁者となったヘリングは最後まで大衆を支持し、身を持って正しく生きる姿を伝えました。それがアーティストの使命でもあると考えていたのです。深刻なテーマをシンプルに表現した彼のアートは、年齢・国籍・人種にかかわらず全ての人へメッセージを伝えました。

「人生を愛し、人に感謝していれば生命を傷つけるものは許せないはずだ。間違ったことには反対しないとね。間違いを見つけて何か行動を起こそうと思うのは義務でもあるけど、当然の反応だとも思うよ。」**

これこそがヘリングのアクティビズムの根底だといえるでしょう。

 

ヘリングがこの世を去ってから28年が過ぎました。彼の残したメッセージは今もなお、色あせることなく、行動することの勇気を私たちに伝え続けているのです。

 

文/飯塚珠実(中村キース・ヘリング美術館)
All Keith Haring Artwork © Keith Haring Foundation
 
*ジョン・グルーエン『キース・ヘリング』(リブロポート、1992
**プライム・エンターテイメント・グループ DVD『KEITH HARING DRAWING THE LINE』(トランスフォーマー、1990)

 

<展覧会情報>
「Drawing Social Impact キース・ヘリング:社会に生き続けるアート」
場所:中村キース・ヘリング美術館
〒408-0044 山梨県北杜市小淵沢町10249-7
期間:2018年2月9日(金)— 11月11日(日)
※詳しくはこちら http://www.nakamura-haring.com/exhibition/
本展覧会にて《オルターピース:キリストの生涯》(1990年)を公開しております。
是非ご覧ください。

 

(本記事は「東京レインボープライド」からの転載記事です)

 

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