韓国発のゲイ映画『3670』が、9月25日(金)より渋谷ホワイトシネクイントほか全国で順次公開される。

主人公は、北朝鮮から韓国へ渡ってきた青年・チョルジュン。
脱北者として新しい社会で生きながら、同時に「ゲイであること」を周囲に隠して暮らしている。
そんな彼が初めて足を踏み入れるのが、ソウルのゲイコミュニティだ。
恋愛だけではない。友達をつくり、飲みに行き、誰かを好きになり、ときには嫉妬したり、仲間外れになることを恐れたりする——。『3670』が描くのは、「ゲイであること」の苦悩だけではなく、コミュニティのなかで誰かとつながっていく青年のリアルな青春だ。
本作はパク・ジュンホ監督の長編デビュー作。
韓国では第26回全州国際映画祭で4部門を受賞し、2026年には韓国を代表する芸術賞のひとつ「百想芸術大賞」でパク監督が映画部門の新人監督賞を受賞している。

北朝鮮から韓国へやって来たチョルジュンには、兄弟のように親しい脱北者の友人たちがいる。
しかし、彼らにも言えない秘密がある。それが、自分がゲイであること。
韓国社会に馴染もうとしながら、身近な仲間の前でもセクシュアリティを隠しているチョルジュンは、どこか拭えない孤独を抱えている。
やがて勇気を出してゲイたちの飲み会に参加した彼は、同年代のヨンジュンと出会う。ヨンジュンを通じて友達が増え、ゲイコミュニティにも少しずつ溶け込んでいくチョルジュン。さらに、気になっていたヒョンテクとの距離も縮まり、これまでとはまるで違う日常が始まっていく。
ところが、小さなすれ違いをきっかけに、ようやく手にした“居場所”が揺らぎ始める。

興味深いのは、本作が「ゲイだから差別される」という構図だけを物語の中心にしていないことだ。
パク監督は、クィア映画でしばしば差別や嫌悪がドラマの原動力になることについて、あえて同じ構造を繰り返したくなかったと語っている。代わりに映し出されるのは、自分を受け入れて生きているゲイたちの友情や恋愛、嫉妬、仲間意識といった日常だ。
ゲイコミュニティに初めて足を踏み入れた経験がある人なら、チョルジュンのぎこちなさに、どこか懐かしさを覚えるかもしれない。
一見すると暗号のようなタイトル『3670』。
実はこれ、韓国のゲイコミュニティで使われていた待ち合わせのコードに由来している。
「3」はソウルの鍾路3街(チョンノサムガ)、「6」は地下鉄駅の6番出口、「7」は午後7時。そして最後の「0」は、集まる人数を表す数字だという。参加者が増えれば、最後の数字を書き換えていく。

舞台となる鍾路3街は、1970年代頃からゲイたちが集まってきた、ソウルでも長い歴史を持つクィアスポットのひとつ。現在もゲイバーなどが集まり、韓国のゲイカルチャーを語るうえで重要なエリアだ。
さらに監督は「0」という数字について、「誰も集まらない」という寂しさがある一方、そこにはこれからどんな数字でも入れられる“可能性”もある、という趣旨を語っている。
孤独から始まり、誰かとつながっていくチョルジュンの物語を考えると、このタイトルは作品そのものを象徴しているようにも見える。
脱北者であり、ゲイでもある。その設定だけを聞けば、『3670』はかなり重い社会派映画を想像させるかもしれない。
けれど、本作が見つめているのは“マイノリティであることの悲劇”だけではない。
初めてコミュニティに飛び込んだ日の高揚感。友達が増えていく喜び。好きな人をめぐる感情。そして、「ここにいていい」と思える場所を見つけようとすること。

チョルジュンが探しているのは、完璧に安全な世界ではなく、傷ついたり、すれ違ったりしながらも、誰かと一緒にいられる場所なのかもしれない。
韓国のゲイコミュニティという極めて具体的な世界を描きながら、「自分はどこに属しているのか?」という誰もが一度は抱く問いへと広がっていく。
『3670』は、9月25日(金)より渋谷ホワイトシネクイント、10月9日(金)よりアップリンク京都ほか全国順次公開。