「男性脳の方が収入が高い」。「女性脳はマルチタスクに適している」。あなたはそんな言葉を耳にしたことがないだろうか?
ヒトの脳の性別による違いを徹底的に調べ上げた初のリサーチによると、「男性脳や女性脳は存在しない」ということが明らかになった。
この調査結果は、ジェンダーアイデンティティが男性と女性の二極に当てはまらない人々のアイデンティティをサポートしたり、世の中のあらゆる性による分断が無意味なことを訴えたりするきっかけになるかもしれない。
調査は、イスラエルのテルアビブ大学ダフィナ・ジョエル教授と彼女の同僚が13歳から85歳までの1,400人の脳内のスキャンの違いを研究するという形式で実施された。
研究チームは、脳のエリアごとのサイズやそれぞれの繋がりについて調べた。その結果、脳のエリアの29ヶ所の大きさが、男女によって一般的に異なることが分かった。その中には、記憶をつかさどる海馬、リスク回避をコントロールする下前頭回なども含まれた。
しかし、スキャンデータの調査を続けたところ、確かに0%から8%までの人々には性別による脳の特徴の違いが見られたが、その他の人々は皆「どちらでもある」という結果になった。
つまり調査によって、性別による脳の物理的な構造の違いは見受けられるが、一般的な人々の脳は、特徴を見る限り男性脳や女性脳と二つは分けられないということが明らかになったのだ。
今回研究チームは、脳の働きではなく構造のみに注目したのだが、調査結果はこれまでの男性脳と女性脳という考えを改めるきっかけになるだろう。
調査結果を受けてジョエル教授は「睾丸が形成されたらテストステロンが分泌され始めて男性脳が作られるという理論があるけど、男性脳や女性脳という考え方を持っている人は、正直古い」と述べた。
また、ニューヨークのロックフェラー大学ブルース・マクウェン教授は、「脳の仕組みが男性脳や女性脳と簡単に分けられるものではなく、非常に複雑であるということに我々は気付き始めている。この調査はその第一歩であり、人々の考え方を変えるだろう」と述べた。
イギリスのダラム大学で性別の違いによる空間認識について研究しているマーカス・ホーズマン教授は、「空間認識についても「男性の方が女性よりも空間認識力が優れている」と信じている人たちがいますが、実際はそんなことはありません。性別による違いはほとんどないんです。空間認識力が高い女性もいれば男性もいます。脳の仕組みはそう簡単に白黒つけられるものではないのです」と話した。
ボルチモアのメリーランド医科大学マーガレット・マッカーシー教授は「男性であるか女性であるかで将来のキャリアが決まると考えている人々がいますが、この調査結果は、そのようなことが起きてしまうのは社会的な期待によるもので、生物学的な性差によるものではないとことを証明してくれます」という。
またオーストリアのウィーン医科大学ジェンダー医学部長であるアレクサンドリア・カウズキー=ウィラー教授は「確かに、男女を大きな枠組みで見ればそれぞれの違いが見えてくるでしょう。また男女によって異なる病気や治療法があることも事実です。しかし、我々を構成するのは性別だけではありません。文化や環境、教育やその人の社会での役割など様々です。それらすべてを見ていく必要があります」と述べる。
神経科学者がヒトの脳だけを与えられたとしたら、その形や大きさだけでその脳が男性のものか、それとも女性のものかという判断はできるという。しかし、今回の調査は「脳の特徴それ自体が性別によって決まるわけではない」ということを示している。
ジョエル教授は、将来、性別に偏向した人々の分類がなくなることを思い描く。
「私たちは少女と少年、女性と男性をいつも分けます。それは、政策的にも間違っていますし、科学的にも間違っているんです」
しかし、科学者の中にはジョエル教授の意見に対し「子孫繁栄のために、ヒトが生物学的な性別を見分けられることは最も重要である。そのためそのような将来の実現は不可能だ」と否定するものも少なくない。
それでもジョエル教授の調査は、「ヒトの脳は男女に二極化するわけではない」ということを理解するのにとても役立つだろう。人によっては、自身の性別が男性や女性に当てはまらなかったり、常に揺れ動いたりするのだから。
「そのような人たちが存在するということ自体が、そういう人たちを認めることにならないことがとても残念です」
「人類を定義する際に、性別にどれほど重きをおくかについてもっと慎重に考え始める必要があります。そして、関連性の薄い文脈で「男性脳」「女性脳」と考えるのをやめなければなりません」