───日本のゲイ映画の現状とは?───
田亀 私の期待としては、良くも悪くもLGBTブームの今に、橋口さんにゲイ映画を撮ってもらいたいです。
橋口 ゲイ映画はやりたいなとは思いますね!
本当は『ハッシュ!』でゲイ映画は卒業と思っていたんですけど、『恋人たち』で久々にゲイのキャラクターを登場させました。
「ゲイ」というテーマは、自分にとってあるとき力を与えてくれたので、この先は題材を選ばずにやろうと思います。
あとは、いま日本でゲイ映画ないですからね!ゲイ映画をやる人が出てくる気配もないし。
田亀 私の友人の今泉浩一監督が、ずっとインディペンデントでゲイ映画製作をしていて、海外の映画祭などに出品していますけど、それぐらいかなと。
最近では機材の性能や技術の発達によって、インディペンデントでもルックはプロっぽくなったと思うし、格段に撮るのも楽になった。iPhoneで映画を撮る人も出てきたぐらいですから。
一昨年、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で公開された『ハワイ』という映画はキックスターターで資金を集めて作った映画です。
また、私の好きな映画監督トラヴィス・マシューズや、インディーズ映画では大御所的なブルース・ラ・ブルースも、新作の資金調達にクラウドファンディングを活用しています。
不思議なのは、機材にしろ資金調達にしろ、昔と比べたら格段に映画を作りやすい環境にあるのに、なんで日本でゲイ映画をやる人が出てこないんだろう?と。
海外を見てみると、最近では中国やインドネシアなどのゲイ関連規制が厳しい国でも、またチュニジア、レバノンなんかでもゲイ映画が生まれています。
世界中でその国ならではのユニークなモチーフでゲイ映画が作られているのに、なんで日本ではないのだろうと不思議に思いますね。
橋口 日本では、『ハッシュ!』以降しばらくない気がします。
また、今のLGBTブームの時にゲイ映画を作るのが楽になるってことはないですね。
田亀 そうなんですか?プロデューサーが興味を示しやすくなるとか。
橋口 日本は特殊ですよ。ほんと極端なんです。
製作費3〜5億かけて人気俳優&女優を起用して全国何百館で公開する映画か、3000〜5000万円の低予算の人間ドラマかのどっちか。1億かけた質の高い人間ドラマが一切作られない。※ちなみに『ハッシュ!』の製作費は1億2000万、『ぐるりのこと。』は2億弱。
このように二極化しているから、内容云々じゃないですね。僕がいくら賞を取ろうが、評価されようが関係無しにね。
田亀 なるほど、厳しい現状があるんですね。
映画制作ではなく、海外のゲイ映画が日本に入ってくるものとして最近思うのが、私の場合「ゲイ映画ってどうせ日本で公開されないだろう」って思って、さっさと輸入盤を買ってみるんですよ。そうすると、日本公開されるパターンがけっこうある。
なので、海外の良いゲイ映画が入ってきやすくはなってるなという印象をうけますね。
また、多くの賞を受賞した『ブロークバック・マウンテン』以降、俳優がゲイの役をやりたがるようになったという話はよく聞きましたね。
私がはじめて感銘を受けたゲイ映画は、『メーキング・ラブ(1982)』でしたが、ゲイ役を演じたハリー・ハムリンはそのあと干されてしまったという話を聞いています。
それが20・30年の時を経て、有名な俳優たちがゲイの役をこぞってやりたがる風に変容したのは感慨深いですよね。
だけど、日本だとこの流れは難しいですよね。第一ゲイを扱った作品がないから、ゲイを演じる役者も少ない、またそれが評価されることもない。
───90年代の「ゲイブーム」と現在の「LGBTブーム」では、ゲイ映画の描かれ方の違いとは?───
田亀 ゲイブームの時の映画『モーリス』なんかは、実際のゲイとかけ離れているっていうのは感じましたけど、でも実際のゲイが書いたゲイ小説なのでそれはそれでリアルなのかなぁとも思っています。
橋口 昔はゲイを表現する際に美的なものとくっ付けていた。ルパート・エヴェレットが主演した『アナザー・カントリー』なんかは、ゲイとは別の要素を持ってこないと成り立たなかった気がする。
それ比べれば、今の方がよりストレートにゲイを表現していると思いますね。
田亀 最近のLGBT映画は、地に足のついた作品が増えていますよね。
橋口 最近だと『キャロル』『人生は小説よりも奇なり』『リリーのすべて』とかね。
昔のゲイ映画はインディペンデントで苦労して低予算で作るのが主流でしたが、ここ最近は特に、一線級の人たちが永久バジェットでもってしっかりと作っている。これにはすごく驚いています。
田亀 『人生は小説よりも奇なり』のアイラ・サックス監督の前作『Keep the Lights On(原題)』はまだインディーズでしたよね。
橋口 そうそう。過去の経歴見た時に、「あれ、この人ちょっと前までインディーズじゃなかったの?」っていう人たちが、今やハリウッドの主流の娯楽映画ではなく、作家性というかやや地味というか、静かな映画を作れるんだってね。
田亀 今公開中の『さざなみ』のアンドリュー・ヘイ監督の前作『ウィークエンド』なんかは、私がこれまで見たゲイ映画の中でも革命的な作品でした。
橋口さんが先ほどおっしゃったみたいに、以前のゲイ映画には美意識でコーティングしたり、派手な要素や何らかの問題(HIV問題や、ゲイ差別など)を紐付けたりといった、ゲイ的なエクスキューズみたいなものが附随しているものが多かった。
しかし『ウィークエンド』には、そういったゲイ的なエクスキューズが見られず、イギリスに住むゲイの日常を細やかに撮っただけなのに、ものすごく面白かった。
私の印象だと、『ウィークエンド』以降は、日常的で少し地味な、だけど一つ一つ丁寧に描いているインディーズのゲイ映画が増えてきました。
それをメジャーに展開した一例が、『人生は小説よりも奇なり』だと思いますね。
その意味でいうと、『ウィークエンド』前後で、ゲイ映画の描き方というのが革新的に変わったイメージがあります。
当然ながら、それだけ評価された映画だからこそ、しっかりとメジャーの方にも進出して今度はゲイ・イシューではない映画(『さざなみ』)を撮っている。
一方でアイラ・サックス監督は、メジャーに入っても前作同様にゲイ映画を撮ったパターン。今回は「ゲイの老後」というとてつもなく地味なテーマを撮ったが、それが高い評価を得ている。その作品が日本で公開されたこと自体が驚きでしたね。
橋口 私はまず作風にびっくりした!
トーク中心の気軽なコメディーなのかなぁと思って観てみたら、実際はとても繊細でしっとりと作っている。清々しくて、未来に繋がっていて、とても美しい。
最近のLGBT映画を見ていると、ああ、時代は変わったんだなと思いますね。
田亀 日本では公開されたけど、本国アメリカでは「too gay(ゲイゲイしい)」という理由で劇場公開が中止になった『恋するリベラーチェ』は、確かにすごくゲイゲイしい映画でしたけど、リベラーチェ役のマイケル・ダグラスがよく作り込まれていて、恋人役のマット・デイモンも良かった。
実際に観てみると、ギラギラでケバケバで露悪的なんだけど、ちゃんと可愛らしいし、観ていてほっこりする。ラストに昇天するシーンなんて、えぐみをあえて出さずに、また出してもすごくナチュラルに撮っている。これは時代の変化なのかなと思いましたね。
また、フランスのゲイ映画『イヴ・サンローラン』で、イヴが長年のパートナーになるピエール・ベルジェと、セーヌ河で初めてデートしてキスして、というシーンがあるのですが、すごくロマンチックに撮っている。
こういう視点は一昔前のゲイ映画にはない感覚です。
例えば男同士でキスするというシチュエーションには、何かしらのホモエロティシズム要素や、笑いなどの雑念が必ず入ってきたのが、最近のゲイ映画からはそれが消えているという印象を受けました。よりナチュラルな視点に近づいたなと感じています。
そして、ゲイ映画に出てくるゲイのキャラクターは、自分の内なるホモフォビアにとらわれていない。以前みたいに、自己否定と自己受容の間に煩悶するゲイ映画というのが、極めて少なくなった気がします。
私はそれらの作品を観ていて気持ちいいし、同じように社会もこうなってくれたらいいなと思いますね。
橋口 確かに、昔はカミングアウトすることに意味があった時代だからね。
田亀 私が思春期に見たゲイ映画は、ドロドロしていて観ているこっちが引きずられる映画が多かった。二度と観たくないってね(笑)
そういう意味でいうと最近は、若い人から年配のゲイが見ても楽しめるゲイ映画が増えています。
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