今、ロンドンには世界中からセレブリティが集まっている。その理由は、ロンドン映画祭だ。「London Film Festival」という名称で親しまれているこの映画祭は、毎年10月に2週間ほど開催され、現在ロンドン市内各地の映画館では300本近くの映画が上映されている。
実は、今年のロンドン映画祭では、本誌でこれまでに何度か取り上げてきた世界的ファッションデザイナーであり、オープンリーゲイ監督でもあるトム・フォードの「シングル・マン(2009)」に続く監督2作品「Nocturnal Animals(ノクターナル・アニマルズ)」も上映されているのだ。
今回はそんな世界的話題作「Nocturnal Animals(原題)」を、英ロンドン在住のジェンクシー編集部・菊本がレポートでお届け。
今年60回目の節目である「ロンドン映画祭」に、トム・フォードがワールドプレミアに登場するという情報をキャッチ。
英現地時間10月14日、映画上映開始前にトム・フォードがレッドカーペッドを歩く姿を一目見ようと、遅いことを承知で映画開始1時間前の17時頃に会場を訪れると、予想通り、会場はすでに人の山だった。
どうにかセレブが通るであろうフェンス脇の二列目に並ぶと、周りにはセレブの追っかけがたくさんおり「ジャスティン・ビーバーは意外と態度良かったぜ」「これがアル・パチーノでこっちはコリン・ファース」などとセレブとの写真を互いに見せ合っていた。
「世界的セレブに会う」のはとても難しいように感じるかもしれないが、実はそんなことないのだ。これはイギリスに住む友人が教えてくれことだが、欧米では「セレブはファンと接してこそセレブ」という考えが浸透している上に「みんな少しでも待つのが苦手」だそうだ。ということは、少し待ちさえすればセレブと会うことは可能なのだ。
友人のアドバイスが正しいかどうかは分からないが、会場に到着して15分ほどすると黒いセダンからトム・フォードが現れた!
幸運にもこちら側に降りてきてくれたトムに、フェンスから「トム!」「トム!」と叫びながら「我先にサインを!」と乗り出す光景は圧巻だった。トムは、絶えないファンのサインやセルフィーに笑顔かつ丁寧に応じていた。
今回の会場はロンドンの中心にある「オデオン・シネマ・レイカスター・スクエア」と呼ばれる映画館で、ロンドン屈指のゲイエリアである「SOHO(ソーホー)」のすぐ南に位置している。
上映時間の18時を少し過ぎると場内が暗転し、アナウンスと共にトムが登場。トムの紹介に沿って舞台袖からエイミー・アダムス、アーロン・テイラー=ジョンソン、アーミー・ハマー、エリー・バンバーが登場した。
トムからの熱い舞台挨拶を期待していたが、彼から発せられた言葉は「Please enjoy the movie(映画を楽しんでください)」というあっさりとしたものだった。
これは映画鑑賞後だから言えることだが、シンプルな挨拶は「僕の言葉よりも、とにかく映画を観て欲しい!」という、最も熱いメッセージだったのかもしれない。
気になる映画の内容はというと、アートギャラリーのシーンから幕を開ける。
音楽は「シングル・マン」と同様にアベル・コジェニオウスキが担当しており、オープニングから色鮮やかな映像と共に、観客をトム・フォードの世界に引き込む。
ストーリーは以前の記事でも紹介したように、主に二つの軸で構成されている。
一つは、アートギャラリーのオーナーとして成功したスーザン(エイミー・アダムス)の、モノに満たされているけれども空虚なロサンゼルスでの生活のシーンだ。
登場人物の優雅な振る舞いや洗練された服、広すぎる豪邸やスーザンの超イケメン彼氏(アーミー・ハマー)が、スーザンの心の穴と失ったものの大きさを逆説的に表現している。トム・フォードの細部にまでこだわった装飾物や空間、人物像や音楽はやはり、必見だ。
もう一つは、スーザンの元夫であるエドワード(ジェイク・ギレンホール)が、2人の関係を描いた小説の舞台である、テキサスのストーリーだ。20年近く話していなかった2人だったが、エドワードから送られてきた小説にスーザンがのめり込んでいくことで、物語が展開していく。
こちらはロサンゼルスのシーンとは打って変わって、しばしば目を覆いたくなるほど野蛮で残酷な仕上がりになっており、小説だということを忘れてしまうほど引き込まれる。
またテキサスのシーンのカメラワークにおいて、トム・フォードは新しい顔を見せる。「シングル・マン」やロサンゼルスのシーンで観てきたような、ため息をつく程ひたすらに上品なトム・フォードらしさはそこにはなく、次々と切り替わる映像に、常に手に汗握る見事なアクションに仕上がっている。
映画のストーリーこそ、前作「シングル・マン」とは全く異なるが、優雅な映像とノスタルジックな音楽の美しさで魅せるトム・フォードの独特な世界観や心に突き刺さる人物の細かい心情の描写と、そこに加わったテキサスのシーンは、「シングル・マン」のファンだけでなく新たな層の観客を虜にするだろう。
エイミー・アダムスやジェイク・ギレンホールなどの俳優陣の演技力もさることながら、彼ら彼女らを含めて全てをデザインし尽くしたトム・フォードは、やはり天才だと感じた。
映画終了後はしばらくの間拍手が鳴り止まず、拍手が終わったかと思うと、今度は「ストーリー、音楽、映像、すべて美しかった」「笑いもあったけど、泣けた」「私はこの解釈なんだけどどう思う?」など観客は席を立つことなく、映画の感想を口々に語っていた。
11月18日にアメリカで公開が決まっている「Nocturnal Animals」は、日本での公開日は現在のところ未定。とはいえ、日本で人気の高いトム・フォード作品は必ずや公開されるので、公開の続報を待ちたいところだ。
以下、「Nocturnal Animals(原題)」予告編