世界で広がる画期的なHIV予防法「PrEP(プレップ)」
最近日本でも耳にする機会が増えてきたが、PrEPについて断片的にしか知らない人も多いはずだ。
そんな中、PrEPの普及を掲げる「PrEP in JAPAN」主催のシンポジウムが12/11に開催。
日本を代表するHIV/エイズ研究の医師や専門家が集い、日本の現状や世界のPrEP実態、さらには個人輸入についてまで──多くの有益な情報が紹介されたのでレポートでお届けしたい。
PrEPに興味のある人は必見だ。
まずはじめに、PrEPの基本的な情報から。
PrEPとは、セックスをする”前”に薬を飲むHIV予防法のこと。
PrEPは方法の名前で、実際は「ツルバダ」または「デシコビ」という薬を飲む。PrEPとして認可されている薬はこの2種類だけ。
飲み方は、毎日1錠飲む「デイリー」と、セックスの前後に飲む「オンデマンド」の2つの方法がある。
デイリー、オンデマンドともに自分の性行動に合わせて選ぶことができる。頻繁にセックスする人はデイリーが適しているし、たまにしかセックスしない人はオンデマンドでも良い。
どちらともWHO(世界保健機関)が認めている、科学的根拠に基づいた正しい服用方法だ。
もちろん、PrEPはいつ始めても、いつ使用をやめても全く問題ない。
PrEPは欧米を中心に世界40ヵ国以上で承認されているが、残念ながら日本では承認されていない。
しかし承認されていない薬であっても、海外のインターネットなどから「個人輸入」で取り寄せて使用するのは問題ない(使用は自己責任になる)。
実は国内でも、個人輸入でPrEPを行う人が急増している。
PrEP in JAPANがゲイ向け出会い系アプリで行なった大規模調査(6000人以上が回答)によると、PrEP使用経験のある人は全体の2.2%だった。
使用方法は、毎日飲む「デイリー」と、行為の前後に飲む「オンデマンド」で半々。
そして、ゲイ・バイの為のセクシュアルヘルス専門外来「SH外来」によると、これまでで個人輸入でPrEPをしている人は107人いたという。
2つの調査から、首都圏だけでも100人〜数百人規模でPrEP使用者がいると予想できる。
現在SH外来では、対象者を募りPrEPに関する研究(*)を行っている。
研究代表の水島医師によれば、まだ研究半ばではあるものの、対象者のPrEP継続率は96%ほどと、他国に比べて非常に高いという。
また、PrEPをしている人で副作用もほとんど確認できなかったそうだ。
水島医師によれば、特定の集団の中でHIV罹患率が年2~3%だと「PrEPを導入すべき」というのが世界的基準だそうだが、首都圏のMSM(男性とセックスする男性)のHIV罹患率は2%、SH外来に訪れるセックスにアクティブな層では4%と非常に高い。
このことから、首都圏はHIV感染リスクの高い都市であり、PrEPを導入した方が良いといえる。
それを裏付けるように、先ほどのPrEP in JAPANの調査では、『過去6ヶ月間のアナルセックスでコンドームの使用頻度は?』と聞いた質問にて、コンドームの使用頻度が低い層は約44%もいた。
つまり、ゲイ・バイら約2人に1人は過去6ヶ月間内にコンドーム無しでセックスをしていたことになる。
日本は毎年1300〜400人前後が新たにHIV感染またはエイズ発症しているので、セーファーセックスへの意識がとても重要なのだ。
また同調査では、『日本でPrEP導入に賛成ですか?』の質問で、なんと86%の人が賛成と回答。
『日本で認可されたら実際に使いたいですか?』と聞いた質問では、約70%が使いたいと回答している。
まだ日本で認められていないPrEPだが、賛成の人、使いたい人はかなり多いことがわかった。
日本では承認されていないPrEPだが、世界ではどんな状況なのだろうか?
千葉大学の谷口医師からは、PrEPを導入した世界の都市(ロンドン、メルボルン、サンフランシスコ、台北、バンコク)を視察したレポートが紹介された。
その中でも特に進んでいるのがロンドン。
ソーホー地区(ゲイエリア)の中心に位置する性病クリニック「56DEAN STREET CLINIC」では、同クリニックが運営する「エクスプレスサービス」がとにかくすごい!
エクスプレス(簡易的)にHIVや性病の検査ができるクリニックで、受付で検査キットを渡され、自分で肛門や咽頭のクラミジアを検査。
採血でHIVや肝炎などを調べることもでき、90~120分で検査結果がわかり、必要に応じてPrEPを購入することができる。
同施設はなんと月12,500名が訪れるそうで、1日の検査数は300件以上!
増え続ける需要に応えるように、多くの人がスピーディーに検査できる環境が整っている。
PrEPを受け取る流れは以下の動画でも見ることができる。
この先進的なモデルは世界中で注目されている。
実際にロンドンではHIVの新規感染者が大幅に減少しているそうだ。
アジアの中でもPrEPに積極的なのが台湾だ。
台北では、台北市立病院の中にゲイ・バイ男性のための外来がある。簡易的な機関ではあるが、各種性病検査から、PrEP・PEPの提供をしたりとコミュニティへのサービスは手厚い。
そして第二の都市・高雄では、高雄市民生病院内にセクシュアルヘルスクリニック「HERO」を構え、ゲイ・バイ男性たちに検査やPrEPなどのサービスを行っている。待合でタピオカミルクティーが飲めたりと、フレンドリーな環境作りもすごい。
次にタイ・バンコクの例を紹介。
HIV治療に力を入れる「Thai Red Cross Anonymous Clinic」では、ツルバダのジェネリック品を安く提供。
また、お金がなくジェネリックが買えない層には、皇族が莫大なる資金提供によって無料でPrEPを受けることもできる「プリンセスプログラム」という独自制度もあるというから驚きだ!
そして、富裕層をターゲットにした「パルスクリニック」も有名。
同クリニックでは、現地のタイ人だけでなく、外国人も受け入れているのが特徴で、診察を受けて問題なければジェネリック品(もしくはツルバダ)を買うことができる(帰国後もオンラインで購入可能)。
バンコクに訪れる日本人も足を運んでいるそうだ。
欧米だけでなく、台湾やアジアなど世界各国に広がっているPrEP。
まとめで谷口医師は、「PrEPというのは個人の権利の1つだと思っています。『したいと思う人ができる環境を作る』ことが大事だと思います」と締めくくった。
PrEPは日本で承認されていないが、国が承認していない薬であっても、海外のインターネットなどから購入(個人輸入)することは合法。
PrEPとして使用できる薬は「ツルバダ」「デシコビ」の2種類のみだが、最大のネックは価格だ。
ツルバダは正規品で1錠3900円程度、1ヶ月間毎日服用すると11万円以上かかってしまう。現実的に難しい。
そこで正規品ではなく、後発薬「ジェネリック品」が複数のメーカーから発売されている。
個人輸入の場合は、ほとんどがこのジェネリック品になる。
商品によって値段は異なるが1ヶ月約4000円~6000円ほど。正規品と比べると天と地ほどの価格差でPrEPをすることができる。
ツルバダのジェネリック品がスタンダードだが、最近はデシコビのジェネリック品もある。
デシコビはツルバダよりも新しい薬で、腎機能への負担を抑えてより身体の負担が少ない。新薬だがジェネリック品の場合は大きな価格差はない。
予防効果は2種類とも「デイリー」服用で99%の効果が期待できる。
おそらく、PrEPに関心のある人で一番知りたいのは「個人輸入は安全なのか?」だろう。
ジェネリック品は複数のオンラインサイトで販売されているが、正直、偽薬があるかどうかまではわかない。(性病クリニックが運営しているサイトもあれば、医薬品の通販サイト、個人サイトまで様々なので)
SH外来の水島医師によると「偽薬は高額な薬(C型肝炎の治療薬など)に見られたこともあったが、ツルバダのジェネリックはとても安価なので偽薬がある可能性はどうなのだろうか」という意見もあった。
それでも「安全性の高い薬を買いたい!」という人は、どこから購入すればいいのだろうか?
英PrEP啓発団体とクリニックが連携してジェネリック品の覆面購入や様々なテストしたところ、PrEPを扱う主要6社から偽薬は発見されなかったそうだ。
日本でPrEP普及につとめる任意団体「PrEP@TOKYO」では、日本発送に対応している4サイトを紹介している。もし気になる人はこちらを参考に。
ただし紹介しているサイトは全て英語なので、言語に不安がある人はややハードルが高いかもしれない。
個人輸入の注意点として、PrEPなど医薬品を個人輸入する場合は1ヶ月までと法律で定められている。
「送料もったいないし…3ヶ月分まとめ買いしちゃえ!」とポチっても、税関で没収されるので注意。
そしてPrEPをはじめる場合、必ず守ってほしいのは事前検査と定期検査だ。
事前検査とは、PrEPを始める前に「HIVに感染していないか」「腎機能に問題ないか」の2つをチェックすること。
HIVに感染した状態でPrEPをはじめてしまうと、不十分な治療によりHIVが薬に耐性ができる可能性がある(薬が効かなくなること。これを「薬剤耐性化」という)。
必ずHIV検査をし、陰性(感染していない)と分かってからPrEPをスタートすること。
そして、開始後は3ヶ月に1回のHIV定期的検査をしよう。
先ほど説明したように、万が一HIVに感染していた場合、体内でHIVが薬剤耐性化するのを防ぐためだ。
もし自分の判断だけで行うのが不安な人は、PrEPを個人輸入した人をサポートしている、東京・上野の「パーソナルヘルスクリニック」に行くのも一つの手だ。
同クリニックの塩尻院長は、SH外来出身の医師で、HIVや性病予防のスペシャリスト。
PrEPスタート時に、診察+各種検査(HIV、梅毒、B型肝炎、腎機能)のセットで6000円(税別)と格安で提供。
院長、スタッフともにゲイフレンドリーなクリニックで、親身になってPrEPや性病の相談に乗ってくれる。
医師らの話をまとめて、もしPrEPを個人輸入でする場合は以下だ。
1. 安全なサイトから個人輸入する(※購入は必ず1ヶ月分)
2. PrEPをはじめる前に、HIV感染していないか&腎機能が正常かを必ず検査すること
3. PrEPは毎日飲む「デイリー」と、行為の前後に飲む「オンデマンド」がある。自分のセックス頻度に合わせてどちらかを選択しよう
4. PrEPをしている最中は、3ヶ月に1回はHIV検査を行うこと(他の性病も調べるとなお良し)
■注意点
・「デイリー」を止める場合、念のため最後のセックスから7日間は飲み続ける。
・「オンデマンド」をしていて数日間連続でセックスする場合は、最後のセックスから2日間は飲み続けること。
もし不安な人は、上野の「パーソナルヘルスクリニック」や、日時が限られているが、新宿の「SH外来」の2箇所であれば、事前検査やアドバイスも行なっている。
長年HIV/エイズ研究を率いてきたACC(エイズ治療・研究開発センター)でセンター長を務める岡 慎一医師からは、「長年セーファーセックスを啓発してきたが、それだけでは限界がある。PrEPは一つの手段として日本も認可するべきでは」と話した。
そして質問タイムでは、会場から「PrEP導入することでゲイたちがコンドームを使わなくなるのでは?」といった指摘も。
これに対して岡医師はこう回答した。
「日本はコンドーム信仰がとても強く、何にでもコンドーム。男女間でも”避妊にはコンドームしかない”の一点張り。一方で、望まぬ妊娠は年間16万件もあります」
「コンドームは相手任せの予防法ですが、避妊にはピルという手段がある。自分の意思で予防できるという意味では、ピルとPrEPはまったく同じですよね。予防方法のオプションの一つです」
例えで出てきたピルだが、望まぬ妊娠を防ぐ有効な予防薬にも関わらず、男女間で使用は広まっていない。
日本のピル服用率は4%前後と、欧州の平均20%〜40%と比べて非常に低いのだ。
これはコンドームを使わずに予防薬を使うことが、ある種のタブー視されているからに他ならない。
ゲイコミュニティも同じで、PrEPは立派なセーファーセックスの一つであるにも関わらず、コンドーム以外は「不自然」また「良くない物」だとみなす風潮が少なからずある。
岡医師は続けて、「コンドームを否定するわけではないですが、コンドームだけ(の啓発)では不十分だと思っています。PrEPは有効な選択肢の一つでしょう」と説明した。
海外で多くの事例をみてきた谷口医師もこのように語る。
「我々は医療従事者という立場上『コンドームを使わなくてもいい』とは言えないですが、今までHIV予防といえばコンドームしかなかった。それが今では個人の選択の自由としてPrEPを選ぶことができます」
HIV/エイズ危機が起こった80年代から30年以上に渡り、HIVを防ぐ唯一の手段はコンドームだった。
そのため人々の意識に『セーファーセックス=コンドームだけ』と思いがちだが、現在では医療の発展でセーファーセックスの手段も広がっている。例えば以下。
1. コンドーム
HIV予防効果は72〜91%。他の性病も防げる万能型。
2. PrEP
HIV予防効果は99%(デイリーの場合)。ただし他の性病にかかる可能性あり。
3. ワクチン接種
ワクチン接種することで防げる性病もある(A型肝炎、B型肝炎、HPVなど)。性病にかかるとHIV感染の可能性が数倍に高まるので、事前に防げる性病はワクチンを打つのも一つの手。
4. U=U
HIV陽性者で正しい治療をしていれば(ウイルスが検出限界以下の状態)、たとえ生でセックスしても相手に移す確率はゼロ。これを「U=U」という。詳しくはこちら。
上記のように、セーファーセックスは”選べる”時代になっている。
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日本でPrEPの認可に向けて、国と交渉を進めている岡医師は、「国は少しづつではありますが認可に向けて動いてはきている。その中で、PrEPを必要とする人たちが声をあげることが大事です。ぜひ(ゲイコミュニティ含め)いろんなところから声をあげて欲しいですね」と締めくくった。
将来的に日本で認可されれば、安心できる病院やクリニックでPrEPが受けれたり、日本のオンラインサイトから安価なジェネリック品が買えたりと、さまざまなメリットが期待できる。
もしあなたがPrEPを望むのであれば、周りの友達と話題にしたり、SNSで声を上げてみてはどうだろうか。