「ラッシュ(RUSH)」に対して、あなたはどういうイメージを持っているだろうか?
おそらく、いまの20代と30代以上では、ラッシュに対するイメージは大きく異なるだろう。
セックスドラッグとしてゲイコミュニティに広まっていたラッシュは、現在「指定薬物」として、使用・所持・輸入などが一切禁止されている。要するに持っていても使っても犯罪なのだ。
しかし、本当にラッシュは悪い薬物なのだろうか?
今回は、9月30日に新宿二丁目で行われたラッシュについてのトークイベント『ラッシュをめぐる最前線』のレポートをお届け。
日本と世界におけるラッシュの扱いの違い、ラッシュ使用で逮捕された当事者3名の話などを紹介したい。
まずはラッシュの基本的な情報を紹介。
ラッシュは、かつてゲイの間で絶大な人気を集めたセックスドラッグで、成分は亜硝酸エステル(亜硝酸イソブチルもその一種)。
ラッシュは主に日本で呼ばれている名前で、海外では亜硝酸エステルを含む商品を「ポッパーズ(Poppers)」と呼んでいる。
ラッシュには、吸うと酒に酔ったような感覚、多幸感を感じさせる。また血管拡張作用があることから、肛門の筋肉をゆるませる効果があり、ウケがアナルセックスをしやすくするために使うケースが多い。
1970年代からゲイたちの間で広まり、2000年前半までは「合法ドラッグ」であり、全国のゲイショップや通販で購入できた。
しかし、2007年に薬事法の改正で「指定薬物」となり販売が禁止に。
つづく2014年には「指定薬物」の罰則が強化されたことにより、個人の使用・所持を禁止。2015年には「関税法改正」で海外からの個人輸入も厳しく罰則対象となった。
これにより、ラッシュの所持、使用、販売、輸入のすべてを禁止に。やぶれば最高で5年以下の懲役および500万円以下の罰金に処される。もし、軽い気持ちでまだラッシュを使っている人がいれば、こうした刑事罰を受けることを知っておくべきだろう。
トークイベントでは、HIV啓発を行うNPO法人「ぷれいす東京」の代表・生島嗣さんから、ラッシュ規制の経緯からゲイたちとのに関係性について紹介された。
まずは、30年近くにわたり使用されてきたラッシュが、突然規制の対象になったのはなぜだろうか?
最初は、2007年の薬事法の改正により、ラッシュが合法から違法ドラッグと認定される。その時点では店での販売が禁止されたにすぎなかった。
転機は2014年。
東京・池袋で自動車死亡事故が発生。ドライバーが危険ドラッグを使用していたとして大きなニュースとなった。この事件をきっかけに当時の安倍総理は、危険ドラッグの対策を強化する。
危険ドラッグを販売した店舗への一斉検挙がはじまり、翌15年7月には危険ドラッグ販売店が全滅したと厚生労働大臣が発表。
上記の事件をきっかけに危険ドラッグ全体が見直され、「指定薬物」へと罰則を強化することになる。
しかし、この指定薬物の罰則強化の対応が早すぎることを生島さんは指摘する。
「通常、指定薬物にするには審議会~施行まで約4ヶ月かかるものを、公布から施行まで2週間で行っています。その間にあるべきのパブリックコメント(国民からの意見)などは省略されています。日本で一度『指定薬物』に指定されると対象から外すことが極めて難しいため、しっかりと議論をする必要があったと考えます」
下の図にあるように「危険ドラッグ」と「指定薬物」では、刑罰の度合いが大きく異なる。
驚くことに、規制が厳しくなった2015年以降、税関での摘発件数のほとんどがラッシュだという。
海外のラッシュを個人輸入した場合、上記のように税関で見つかれば即逮捕されてしまうので注意!
ラッシュを輸入するのはほとんどがゲイ男性なので、年間数百件近くのゲイが逮捕されていることになる。
また、HIVと薬物問題は関係が深いことは海外でも指摘されている。HIV啓発・支援を行う「ぷれいす東京」では、2005年以降に覚せい剤に関する相談が急増したという。
このことから生島さんは、「ラッシュなどの軽度のドラッグを規制することにより、より違法性の高い重度の薬物(覚せい剤)に追い込んでいるのでは?」と語った。
ラッシュについて議論するとき、一番重要なのは「どの程度、人体に有害なのか?」だろう。
これについて、イギリスで薬物の有害性を調べた調査によると、20物質中、ラッシュの有毒性はタバコやアルコールよりも低い19位だった。
抜粋すると、有毒性1位はヘロイン、2位コカイン、5位アルコール、9位タバコ、19位がラッシュ(亜硝酸エステル)となった。
また、薬物事件を多く扱ってきた森野弁護士によれば、「データにも出ていますが、専門家に聞いても『ラッシュの中毒性はかなり低い』と口をそろえて言いますね。そもそもラッシュが指定薬物にされていること自体がおかしい」と話す。
森野弁護士によれば、「指定薬物」の条件は、①中枢神経に影響を及ぼす、②保健衛生上の危害、につきるそう。
この2つの観点からいうと、ラッシュは中枢神経に影響を及ぼすことはまれであり、アルコールやタバコなどに比べ依存性も弱い。
「ラッシュは個人の趣味嗜好の範囲で使用することであり、わざわざ法律で規制すべきではないでしょう」と話を締めくくった。
ラッシュが指定薬物として犯罪になるのはわかったところで、じゃあ世界に目を向けるとどうだろう?
「ラッシュで逮捕されるのは日本ぐらい」と驚きの発言をしたのは、薬物問題に取り組む「日本薬物政策アドボカシーネットワーク」の古藤吾郎さんだ。
古藤さんによれば、日本以外のアジア、欧米でリサーチをしたなかでは、諸外国にラッシュの販売規制はあるものの、使用者を逮捕する国は日本以外になかったという。
アジアだと、台北、北京(中国)、ソウル(韓国)、ミャンマーなどを調べたところ、一定の販売規制はあるものの、使用で処罰されたという報告はなかった。
イギリスでは、以前ラッシュを規制しようかという議論になったが、オープンリーゲイの保守党議員が「自分はラッシュの愛好家。健康に危害を加えるものではない」と強く反対。結果、規制されることはなかった。
オーストラリアに目を向けると、現在ラッシュを「ヘロイン」と同等の薬物として規制しようという議論になっている。
しかし、現地のゲイ団体が「ラッシュを使うのはほぼゲイ男性。有害性のないラッシュを規制することはゲイバッシングの一種だ」と非難しており、いまだ規制はされていない。
ラッシュに限らず、欧米で薬物は罰則ではなく「治療」の流れになっているそう。それについては以下の記事を参照。
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以前、薬物に対する罰則を厳しくしていたが、そうすることで闇取引が増え、かえって状況が悪化したという。よって罰則ではなく、違う部分(福祉や健康)に税金を使おうという議論になっている。
このように世界の国々では、ラッシュ使用が逮捕となる国の方が少なく、日本でのラッシュの重度な犯罪扱いはたしかに違和感を覚える。
世の中には、合法・違法とわず数千種類もの薬(ドラッグ)がある。
ドラッグストアでも、ある薬はすぐ購入でき、ある薬は薬剤師がいないと買えない薬もある。病院で処方される薬も同じパターンだ。
また、合法ドラッグの一種である「アルコール」や「タバコ」は、未成年が購入できないよう規制している。ただし、それをやぶっても未成年が逮捕されることはない。
このように薬を段階的に販売しているのは、薬それぞれの影響度でわけているだけだ。
ラッシュに話を戻すと、有害性や依存性が微弱なものを、法律で厳しく規制していいものか?ということになる。
今回のトークイベントでは、ラッシュを使用し逮捕された当事者3名が登壇。ラッシュ購入から逮捕までの経緯を赤裸々に語ってくれた。
一人目は、新宿二丁目のゲイクラブ「ドラゴン メン」のオーナー KENさんだ。
KENさんは2016年3月にラッシュ156本を所持しているとして逮捕された。ロンドン在住の元彼に頼み購入したという。
逮捕された時の状況についてこう語った。
「最初、警察が自宅にきて家宅捜索をされ、そのあと60日間拘留されました。正直、かなり辛かったですね」
「ただ、警察もあまりラッシュについて詳しく知らなかったです。ラッシュをわからない人が逮捕して、わからない人が裁いている印象を受けました」
15歳で二丁目デビューしてからというもの、ラッシュを使い続けてきたKENさん。逮捕されたいま、ラッシュについて思うことは?
「日本と世界で法律が違うのであれですけど、、本音を言わせてもらえば『ラッシュぐらいいいじゃないかな…?』とは思いますけどね。使うことで凶暴になったり常習性があるものでもないですし」
ラッシュで逮捕された当事者の声、二人目は、元NHKアナウンサーの塚本堅一さんだ。
塚本さんは2016年1月に逮捕。元NHKアナウンサーという肩書きから、当時は大きなニュースになった。
塚本さんは、13年間NHKでアナウンサーをしており、逮捕当時はニュース番組を担当していたそう。
逮捕の経緯について、時折声を詰まらせながらも赤裸々に語ってくれた。
塚本さんがはじめて逮捕のきっかけとなったサイトからラッシュを買ったのは、NHKの沖縄局から東京局に転勤したころ。
沖縄にパートナーを残し、上京のさびしさも相まって、怪しいネットサイトから購入したという。
もちろんラッシュが違法だとは知っていたものの、サイトでは「ラッシュに似たものを作った。これは合法です」という謳い文句で販売していたという。
届いた商品は本品ではなく、ラッシュを作るキットみたいなもので、異なる薬剤を混ぜ合わせ、冷蔵庫で冷やしてできあがるお手製のもの。
使用してみると、「まぁまぁラッシュに似てるし、これで合法ならいいなと思いました」。それから期間をおいて2~3回購入したそうだ。
しかし、この違法サイトは警察にマークされており、塚本さんは本名で購入していたため、購入履歴から家宅捜索がはいる。
20人ぐらいの警察が家に押し寄せ、そのまま逮捕。そこから30日間拘束されたそうだ。罪状は、ラッシュの所持+製造違反だという。
購入したサイトは巧みに作られており、薬液自体は合法のもので、混ぜてラッシュ(亜硝酸エステル)に合成すると”違法”の扱いだったのだ。
「知らず知らず、ラッシュ所持だけでなく”製造した”として再逮捕されたのはショックでした」塚本さんは胸の内を明らかにした。
逮捕後、すぐにNHKを懲戒解雇処分。精神的に追い詰められ、一時はうつに悩まされたという。
自分が犯した罪のせいではあるものの、「誰に謝っていいのか…?」という不安な時期が続き、怖くて電車や人ごみに入れない、知り合いに会うのが怖く外出もできなかったそうだ。
逮捕により、ラッシュという薬物使用だけでなく、ゲイあることをアウティングされたことも精神的ショックが大きかったという。
逮捕から約3年たち、今回のトークショーで初めて公の場でラッシュのことを話した。
「なぜこのトークイベントに参加したかというと、ラッシュは年間何百人と逮捕者がいます。ネットでも情報が少ないですし、『逮捕されたらこうなるよ』っていう現実を知らないまま買っている人はまだまだ多いです」
「私は『ラッシュをやめなさい』って言う資格はないと思っていますが、ラッシュをしたことで失うものがあまりにも多かった。失ったもの、かかった時間がとてももったいなく思っています。そのことをみなさんに伝えたいです」
逮捕され人生が大きく変わった塚本さんの言葉、その重みは大きい。
3人目は、現在ラッシュ関連の裁判中というヒデさんだ。
ヒデさんは、市役所勤めの地方公務員だったが、2017年7月にラッシュ輸入未遂疑惑で起訴。その後、市役所を解雇された。
しかし、ラッシュの輸入未遂や所持で刑を受けたり懲戒免職されるのは不当であると、無罪を主張して係争中。
ヒデさんは、2015年の秋頃、とある通販サイトからラッシュを購入。
海外の薬を個人輸入できるもので、海外製のバイアグラなども扱っているようなサイトだ。
そのサイトには、「外国ではラッシュが合法だから」と書いてあったため、購入したそう。
しかし、購入したラッシュが税関で引っかかり、2017年5月に家宅捜索が入り起訴された。
警察から本人確認で市役所に連絡が入り、その後1週間もしないうちに市役所を懲戒免職になってしまう。
これに対して、薬物事件を多く扱ってきた森野弁護士とタッグを組み、裁判を起こしたという流れだ。
森野弁護士も「ラッシュを個人輸入しただけで懲戒免職になるのは刑が重すぎる。ヒデさんは非常にクレバーで真面目な方、彼が社会的制裁をうけるほどのことをしたのだろか?静かな怒りがあります」と話した。
ヒデさんもこう語る。
「ラッシュについて『日本で規制されているからダメ』もちろんそれでもいいけど、それだと議論終了してしまう。ラッシュについて調べれば調べるほど、その規制の過程のずさんさなどが明らかになっていきます。だからこそ戦いたいと思いました」
ヒデさんの裁判は、自身のためでもあるが、ラッシュを使うゲイ全体にも関わる大きな議論といえる。ヒデさんと弁護団は「ラッシュの規制を考える会」を立ち上げ、HPなどでも情報発信を行なっている。気になる人はチェックしてみて。
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今回のトークイベントでは、日本におけるラッシュ規制の経緯から、ラッシュの何が問題なのか、当事者による体験談など、幅広いトークが行われた。
ラッシュや薬物にまつわる話題はタブー視されているため、ネットでもリアルでも情報が少ない。そのなか、今回のような議論が行われたことは意義深い。
「これは危険な薬物だからダメ!ゼッタイ!」と思考停止するのではなく、いま一度、薬の有害性についてフラットに議論することが重要なのではないだろうか。